国会でも取り上げられた「保育園落ちた日本死ね!!!」の匿名ブログをきっかけに、保育園を取り巻く問題は保活中の母親のみならず、国民からも大きな注目を集めることとなりました。
待機児童問題解消に向けて政府がさまざまなプランを打ち出す中で、現役保育士や潜在保育士も多くの声を挙げる機会が増え、慢性的な保育士不足の裏に潜んでいた保育士の実情が世間にも知られるようになってきており、保育士を取り巻く環境は徐々に変化を見せています。
保育士の将来性
総務省統計局による人口推計によると、平成26年10月1日現在の日本の人口は1億2708万3千人と8年連続で自然減少し続けています。2100年には人口は中位推計で4771万人にまで減少、高齢化率は40.6%と推計されています。(出典:日本の人口の長期推移 国土交通省国土計画局「国土の長期展望に向けた検討の方向性について」)
今後も人口の減少、少子高齢化が進行していくと、保育士の需要も減っていくのではないかと懸念する声も聞こえてきますが、保育士を必要としている職場は保育施設だけではありません。
近年では、デパートや美容室、歯医者などでも保育士による託児サービスを行っている施設も増えてきており、今後も利用者ニーズに合わせた保育サービスが多様化し需要は増えていくでしょう。
保育所不足や低収入、給与問題に関して
平成27年9月29日に政府が公表した「待機児童の状況及び待機児童解消加速化プランの状況について」によると、平成25・26年度の2か年の保育拡大量は約22万人を達成しました。平成27年度から3か年(取り組み加速期間)では、更に保育の受け入れ枠確保を進め、平成29年度末までに待機児童解消を目指すとしています。
一方で、平成25年度~26年度の保育所等申込者数は5万2763人、平成26年度~27年度には13万1410人と大幅に増加しており、保育施設の拡充と共に待機児童数にも増加がみられます。(出典:総務省労働力調査「保育所等申込者(伸び)推移」
待機児童解消に向けて、これまでビルの一室や園庭のない認可保育所を開設したり、認可外施設だった小規模保育事業なども一定の条件をクリアすれば認可保育所扱いにしたりと規制緩和を次々に実施してきましたが、昨年末には保育士の配置も緩和され、幼稚園教諭(3~5歳児)や小学校教諭(5歳児)を配置できるようになりました。
平成23年度の保育士の再就職支援に関する報告書によると、保育士資格取得者(非・潜在保育士を含む)を対象とした調査では、「給与は勤務内容と比べてやや安い・かなり安い」と答えた人は52.2%と多く、「実家からの自立が難しい」、男性保育士からは「家族を養うには給与が低すぎる」という声も挙がっています。
待機児童解消に注目するあまり、保育所保育指針に掲げられた「保育所保育の目的」である「子どもの最善の利益」を考慮せず「量の拡充」を行い、慢性的な保育士不足の原因である低収入や過重労働を改善することよりも、保育士無資格者を保育園に配置していくことは、専門的な知識と技術をもって携わる保育が充分に行われず「保育の質」の格差をますます広げていってしまうばかりか、保育士の離職に拍車をかけてしまいかねません。
サービス残業の現状
サービス残業とは、法定労働時間を超える労働に対して支払われるべき賃金を受け取らずに行う労働のことで、たとえ1分の残業でも切り捨てることはできません。
介護や保育の業界で働く人が集まり、それぞれの業界の働き方についての相談を受け、問題解決のサポートを行う団体「介護・保育ユニオン」によると、全国の保育園から寄せられる相談の約8割が「休憩時間がない」「賃金が適切に支払われない」などの労働基準法違反なのだそうです。
サービス残業の違法例として、介護・保育ユニオンでは以下の3つを紹介しています。
▷提示前に施設に行き、着替え、掃除、朝礼等をしている
▷休憩時間に事務作業をこなしている
▷定時後に、業務をはじめ、打ち合わせ・片付け・朝礼等をしている
(介護・保育ユニオン 労働時間の計算規則とサービス残業 http://kaigohoiku-u.com/)
保育の仕事をしていれば「自分にも当てはまる」と思った方も少なくないのではないでしょうか?働く保育士自身が自分の労働について疑問に思ったり、調べてみたりすることは自分の権利を守ることに繋がります。労働条件が厳しくて離職したいと悩む保育士の方には、専門機関に相談してみるのも一つの方法です。
保育士が働く環境や待遇の改善
離職率平均が10.3%(出典:厚生労働省統計情報部 平成25年社会福祉施設等調査)と高く定着率の低い保育士の仕事ですが、保育士の働く環境はどのようなものでしょうか?
東京都福祉保健局による「保育士における現在の職場の改善希望状況」(東京都保育士実態調査報告書(平成26年3月))では、就業している保育士の現在の職場の改善して欲しいところについての回答をグラフ化しています。
このグラフでの職場の改善希望としては、「給与・賞与等の改善」が59.0%と高く、次いで「職員数の増員」(40.4%)、「事務・雑務の軽減」(34.9%)、「未消化(有給等)休暇の改善」(31.5%)と続きました。このことから、やはり保育士の給与・賞与に不満を持っている保育士は多く、少ない職員数で保育以外の事務仕事までこなさなければならない様子がわかります。
平成28年4月に官邸で行われた「一億総活躍国民会議」で安倍晋三首相は、来年度から保育士の給与を引き上げる方針を明らかにし、保育士の給与は月額2%引き上げられ、保育技術の高い経験豊富な保育士には最高で月額4万円上がるように調整するとのことです。
政府の調査では、全産業の女性労働者の平均給与は31万1000円で、保育士の平均給与は26万8000円。2%アップしても約6000円のプラス、最高額の4万円でも30万8000円と、全産業の女性平均給与よりも低いままです。
また、平成28年7月26日付けの西日本新聞朝刊によると、民間保育所で働く保育士の2015年平均年収が都道府県によって最大約180万円の格差があるそうで(西日本新聞の試算)、低賃金に加え地域格差も浮き彫りになり、専門家からは処遇の底上げを求める声が強まったと伝えています。
保育士として生き残るために
国家資格である保育士は、一度資格を取得すると更新の必要がありません。そのため、結婚や育児などの理由で退職したとしても再就職が可能です。
子育てをしている間は保育を実践しているため経験を積むことができますし、保護者の苦労や悩みも身をもって知ることができるため、保育現場に戻ったときにも保護者へのアドバイスや励ましが信頼関係の形成に役立ちます。
また、近年は保育園のみならず企業内保育所や病児保育室、デパートや美容室といった場所でも需要があり、保育ニーズも多様化してきています。早朝・延長保育や24時間保育、祝日保育など、正規雇用だけではなくパートタイムの勤務が可能です。自分のライフスタイルに合わせて勤務時間、勤務スタイルを変えられるのも保育士ならではといえるでしょう。
保育士は慢性的に不足しているため、平成27年10月には有効求人倍率は1.93と高く、東京都では5倍を超えている状況(出典:職業安定局 一般職業紹介状況)のため、引っ越しをしても、育児ブランクを経ての再就職でも比較的仕事は見つけやすい職種といえるでしょう。
就職する際に自分の希望する働き方、条件に合った勤務先を見つけても、実際に働いてみて「条件が違う!」「残業分の給与が支払われない!」などの問題点が出てくることもあり得ます。その際には園長と納得のいく話ができれば良いのですが、難しいのであれば泣き寝入りするのではなく、組合に相談したり、専門機関に相談してより良い職場環境を目指していくことが理想です。保育士として生き残るためには、現場から声を上げていかなければ、その状況は変わることがないのです。
まとめ:保育園を取り巻く問題は未来の日本に繋がっている
社会の需要・保育ニーズが多様化していく中、保育士への負担もますます増加しています。「保育園落ちた日本死ね!!!」のブログは、我が子が待機児童となってしまったために仕事を辞めざるを得なくなった母親の悲痛な叫びがつづられており、保活中の母親の胸中を代弁しているとして多くの支持と注目を集めました。
また、待機児童問題と共に保育士不足の実態や保育士の労働環境も問題視されるようになったことで、平成28年の参議院選挙では各党が保育士の処遇について公約を掲げることとなり、保育士の働く環境も少しずつではありますが改善の兆しをみせています。
今後、保育士の働く労働環境・労働条件が改善され、無理のない体制でその専門性を充分に発揮することができる保育園が増えれば、保護者も安心して子どもを預け社会で活躍することができます。子どもが心身ともに健やかに成長できる場が増えることは、少子化対策にもなり、将来の日本の豊かさに繋がっていくのではないでしょうか?
・少子化でも保育サービスの多様化で需要は増加
・保育の質を下げる緩和策は保育士の離職に拍車をかける
・サポート団体に寄せられる相談の約8割が労働基準法違反
・処遇改善で2%(約6000円)アップも全産業の女性平均給与以下
・保育士は転職も有利!よりよい職場環境にするには現場から声を上げることも大切